すずろ草

色々な話をします。

『シン・ゴジラ』見てきました

とんでもないものを見てしまった。
こんにちは、takasakisakakiです。
シン・ゴジラ』を見終えて、おうちで今日放送の1998年版『GODZILLA』(いわゆるエメゴジってやつ)の録画を見ながら執筆中です。笑


いやー、とにかくすごいとしか言いようがありません。何から書けばいいのやら。
画面の印象だけで言うなら、今まで見たゴジラシリーズでいうところの、夜の芦ノ湖に佇むビオランテ
平成ガメラシリーズでいうところの、ギャオスの巣にされた夕暮れの東京タワー。もしくは夜の空に舞うイリス。そういうシーンが『シン・ゴジラ』にもありました。
ある意味ではいずれも絶望と美しさを兼ね備えていますが、『シン・ゴジラ』の場合は絶望の度合いが半端ではないです。
きっと見る人の多くは『あれ』が脳裏に焼きつくはず。私は今晩夢に出そうです。たぶん。


それから、「現実(ニッポン)対虚構(ゴジラ)」のキャッチコピー。大げさでは?と初めは正直思ってたんですが、むしろ等身大でした。
この映画の構造やテーマを、実に簡潔に、かつ絶妙に表す名キャッチコピーですね。


初見の印象は↑みたいな感じです。難しいお話は下手に言えないので、最後に私なりに考えた『シン・ゴジラ』の意義を書いておきます。
ソフトにネタバレすると、日本はなんやかんやあってゴジラを撃退する*1わけですが、でもそれで終わりではないのです。またいつゴジラによって日本が破壊されるかもわからない、そんな締めくくりになります。形や程度は違えど初代『ゴジラ』と同じですね。
ただ初代とは、そこに込められたメッセージが大幅に違ってきます。
それは、「壊れても、あるいは壊されても、また作り直せばいい(今までもそうしてきたように*2 )」ということ。
悪く言えば「賽の河原」。しかし良く言えば「七転び八起き」ですね。
ベクトルでいえば初代『ゴジラ』とはまるで違うけれど、震災を経た今の私たちには、これ以上ないくらいに強く響くメッセージだと思います。
戦争、もっといえば原爆・水爆の被害を経た当時の人々にも、同様にして初代『ゴジラ』のメッセージが強く刺さったことでしょう。
そういう意味では、『シン・ゴジラ』は「今の私たちのための映画」です。1954年の人たちにとって初代『ゴジラ』がそうだったように。


何やらいいこと言った風ですが、一言でまとめると「シン・ゴジラはすごいぞ!」ってことです。
とにかくひとかけらでも興味があれば見に行ってほしい。『シン・ゴジラ』はそれだけの価値がありますよ。


ところで、前記事でこんなこと言いました。

ギャレゴジの方で渡辺謙が初めて「ゴジラ」の名前を出すシーン。予告でもよく使われてた部分ですね。 そして『シン・ゴジラ』の宣伝で石原さとみが同じく「ゴジラ」と口にするシーンがあったと思います。 たったそれだけのシーンなんですが、うわ面白いな~!と私が思ったのが、 前者がアメリカの映画であえて日本語発音をしていて、 後者が日本の映画で英語発音をしているところなんです。

ガメラもいいけどやっぱりゴジラも!な話 - すずろ草

で、実際見に行ったら本当にここで名前初出だったのでびっくり。小ネタも小ネタですが。
これから見に行く方は初代『ゴジラ』で予習するのもいいですが、作品間の対比として2014年版『GODZILLA』(いわゆるギャレゴジ)を見ておいても面白いと思います。もちろん未見でも。

あ、ニューヨークってそういうことか。なるほど。*3
とまあこのようにまだまだ発見はありそう。あと5回は見たい感じです。
4DXはさすがに勇気が出ませんがIMAXは最低でも1回は見ておきたいなーと。見れればの話ですが。


拙いですが感想を書いてみました。会議のシーンも面白かったけどそこら辺は私よりもっと魅力的に書いてくださる方がいらっしゃると思うので、今回は下手に書くよりアウトラインだけに留めておきたいと思います。
2回目が見れたらもっとその辺に着目して、また私なりにまとめられたらいいですね(やるとは言ってない)。


それでは今回はこの辺で。

*1:「なんやかんや」の部分はネタバレすると楽しみが半減するのでぜひ劇場で。

*2:これは独自解釈なのでカッコ付きで。

*3:エメゴジを見ていれば多分わかると思います。笑